テキスト「唯識論について」 | 一目均衡表日記

テキスト「唯識論について」

はじめに

私は一目山人の時間論に最も影響を与えたのは、唯識論ではないかと考えています。唯識論は道元と。道元はベルクソンと、時間の哲学が対比され、その共通性が指摘されています。
 一目山人は少年期、曹洞禅を学んでいました。ベルクソンの哲学に触れた事は山人自身が語っています。唯識論、道元、ベルクソンの哲学が、均衡表及び一目山人にどのような影響を与えたか。を知る事で、一目山人の「時間」のイメージを深めて頂きます。
 今回は唯識論と道元について、ベルクソンについては次回12月のテキストで語りたいと思っています。

細田哲生

注1 唯識論紀元300年から600年くらいまでインドで展開した大乗仏教思想。三蔵法師のモデルとなった玄奘が中国に伝えたのがこの唯識論で、日本には玄奘に学んだ留学僧、道昭が法相宗として伝えた。以後日本では倶舎論と共に仏教者にとっての基礎的学問となる。この世界にはただ表象があるのみで、外界の存在物は無い。表象は識の変化によって表れると説く思想。

注2 道元(1200~1253)日本曹洞宗の開祖として知られる。比叡山で学び、宋に渡り如淨(曹洞派)禅師について悟りを開く。鎌倉時代を代表する宗教家であると同時に、日本を代表する思想家、文章家でもある。

注3 ベルクソン(1859~1941)大正から昭和の初期に著書「創造的進化」が(生の哲学)として流行した。
当時の進化論には2つの対立する考え方があった。生物の進化は因果必然的に起こる。という機械論と、進化は(神の定めた)目的に向かっている。という目的論である。この2つは対立するものでありながら決定論という点で共通している。
前者は「原因が結果を決定する」後者は「目的が行動を決定する」
これに対しベルクソンは「進化は一方向的に決定されるものではない」と批判した。
生命のように、変化するもの、唯一無二の存在に対しては分析的(科学的)認識には限界がある事を独自の哲学で語る。


1 時間の概念

インドの唯識論者、日本の道元、フランスの哲学者ベルクソン、は生きた時代、社会、人生の目的もそれぞれ異なりますが、時間を「意識の流れ」として捉える点で、共通しています。自らの意識を辿る事によって「意識」とは何かを知り、そこから論を進めていきます。

 意識は刻々と変化します。この変化し続ける意識には形、実体は無く、数量化することは出来ません。故に全く同じ意識は無いといえます。時の流れを意識の流れと見るならば、時間は刻々に変化し、全く同じ時間(瞬間)は無い。ということになります。

 現在は過去を内在しているけれど、過去と現在は全くの別物だという考え方です。時間論というよりも瞬間論と言ったほうが良いかもしれません。私たちは普通、時間を空間的に捉えていますが、ここでの、時間は空間ではありません。


2 唯識論

 唯識論は瑜伽師(ヨガによる修行の専門家)から生まれたと言われています。瑜伽師達は仏陀の修行をまねる事で、仏陀の悟りを追体験しようとします。多くの瑜伽師達が心について考察を重ね生まれたこの論理は、300年に渡って議論、研究され完成しました。

(1)この世には心に映じ出された表象しかない
(2)「識の変化」によって表象は現れる
(3)識とは感覚器官と思考力を媒介とする「認識機能」
   意は「自我意識」
   心は認識機能の根底にある「潜在意識」
   意、心を含めて識と言う
(4)潜在意識が現勢化し、現勢的な識がその余力を潜在意識として残すことが、「識の変化」

20051013時間軸

 識の変化を図に示すとこうなります。①から現在まで現勢化した識です。①が消滅すると同時に②が現れ、②が消滅すると同時に③が生じます。これら識の間には隙間はありません。
 ①は過去の結果であると共に②の原因となり、②もまた①の結果であると共に③の原因となります。識は瞬間毎に消えるものですが、潜在意識は種子として残りますから①の種子が必ず②において現勢化する訳ではなく、現在において現勢化する場合もあります。

 以上が、唯識論の最も基本的な骨子ですが、唯識論者達の目的は「悟り」にありますから、この論理を用いて悟りの状態を説明し、悟りに至る方法論を展開させていく訳です。
 興味深いのは、この時代の仏教者達の分析方法です。ある事柄を認識するときに、部分に分けたり、時期を区切ったりして理解しようとしますが、唯識論者やそれ以前の倶舎論者達は17や9、33といった均衡表に馴染み深い数で区切って分析しようとしています。この数はおそらく仏教建築や美術(曼陀羅のような)に由来すると考えられますが、一目山人の仏教へのこだわりは十分ご理解いただけるでしょう。

 唯識論的に見るならば相場はどう説明できるでしょうか。
 相場変動は瞬間ごとに価格が決定します。例えば500円から530円、530円から550円へと次々に価格は変化します。
 価格は売り手と買い手の両者が決めます。言い換えれば両者の一致点でしか価格は成立しません。500円なら500円の売り手と買い手だけが表象として現れ、530円ならば530円の参加者だけが表に現れると言えます。ですから530円が成立した瞬間には500円での参加者は潜在力として直ちに相場に埋没し、次に買い、または売るまでは表に現れる事はありません。

 このような理屈の上では ①潜在化したものを、現勢化させるものは何か、そして②その現れ方はどうか、を知る必要があります。一目山人は①は「売りと買いの認識の変化」に②を「時間関係」にみいだしますが、①と②とチャート上に見いだせるかどうかが、相場研究の一歩であったに違いありません。


3 道元

 天台の、と言うよりも大乗仏教の根本には本覚思想があります。「誰でも悟る事が出来る」という思想ですが、時代と共に「誰でも生まれながらに悟っている」と意味が転化し道元が比叡山に学んだ頃は、これを盾に修行をしない者が多い有様でした。真面目に修行し、悟りを得ようとする道元にとって、このことが本覚思想に対する疑問を生むきっかけとなります。
 やがて宋に渡り、禅を通して悟りを得ますが、その中国でも「自分は既に悟ったのだ」として修行せず、世俗権力と結びつこうとする高僧が多い状態でした。本覚思想や悟りそのものを肯定しつつ、修行をしないで世俗権力に溺れる僧のあり方を否定する為に道元の時間論は生まれます。

 自らの体験から「悟りを得る」とは何かを考えます。道元は、自らのあり方(只ひたすらに修行する)そのものの中に悟りを見いだした人ですから、禅を始める前と現在の自分が全く違う事を知っています。さらに修行を止めれば悟っていた自分とは違う自分になる。と考えます。ですから過去と現在は決定的に異なるものとなります。瞬間よりも持続に重きを置く点で唯識論とは異なりますが、ある持続した状態を瞬間として捉えるならば道元の時間論もまた唯識論に通じるものです。

 「持続、継続の中での瞬間の意味合いを知る」この事が一目山人に与えた影響ははかりしれません。

 一目山人の瞬間を見いだす直観力と、思考に直結した行動力は生まれながらのものですがこれは山人の母方の祖母が生まれた藤田家の気質を受け継いだものである様です。

 藤田家は気位が高く、潔癖で、直観力と行動力に優れ、徹底的な合理主義者を数多く輩出している一族です。江戸時代を通じて毛利氏に仕官しますが、封建時代では珍しく最も優れた者が一族を代表し萩に仕えます。直観と行動に優れた人には、極端な成功と失敗を同時に味わう者が多いものですが、藤田家もそのような人物を数多く出しています。特に明治以後、藤田伝三郎、久原房之助という財界人を生みました。伝三郎は西南戦争で岩崎弥太郎とともに最も稼いだ政商として、房之助は日立の設立者として有名ですが、伝三郎はその後ふるわず藤田組を発展させることが出来ませんでしたし、房之助は経営の失敗から義弟の鮎川義介に会社を譲る事になります。両者は共に瞬間の状況を把握する能力がありながら、「長い時間帯での瞬間の意味合いを考える事が出来ない。考えるよりも行動が先に立ってしまう。」為に失敗します。

 瞬間を知らねば成功はしません。ただし持続、継続の中での瞬間を知らねば失敗します。これは相場にもそのまま当てはまる事です。

 一目山人が一生を日々の生活の連続として捉え、そこから思考を発展させることが出来たのは、禅の修行を通じて道元の思想を実感したからでしょう。


4 まとめ

 唯識論において瞬間のあり方を、道元において持続、継続を見ましたが、いずれも時間を空間的には把握していません。空間的把握とは、均衡表のように基本数値で見たり、対等数値に区切ったりする把握の仕方です。分析には不可欠ですが今回は触れませんでした。

 ベルクソンが分析と直観について語っているので次回にまわすつもりですが、何よりも「相場は時間である」という一目山人の言葉を認識して頂きかったからです。

 相場が少し変わると直ぐに「これで何日の安値は決定したのではないか?」という質問を頂きます。変化日、日数にとらわれすぎでして、何のために日数を見ているのかわからぬ人が多いようです。それどころか今までの経緯をみれば二年後でも三年後でも予測出来るかのように考える向きがあります。物事を記号的に捉えすぎていては決して均衡表は身に付かないでしょう。

 唯識論、道元については角川ソフィア文庫の「仏教の思想」全10巻が分かりやすいと思います。私のような素人ではなく仏教研究の権威による良い本です。また道元には「正法眼蔵」という膨大な著作がありますが、初めての人には弟子が書き記した「正法眼蔵随聞記」読みやすいと思います。興味のある方は是非ご覧下さい。